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わたくしごとですが

先日父を亡くしました。

修羅場の日朝から電話がありました。

難病の父は難病の母と二人で暮らして居ましたが
母も数年前に亡くなり一人暮らしをしていました。
母の死因となった病気は遺伝性で私もいずれ
そうなると医者に言われています。

なるべくそうなるまでの期間を延ばすため
今病院通いを始めました。
この病気は晩年顕著になる症状で
若い頃は問題無いのです。

で、一人暮らしの父の様子を見に行って
くれていたヘルパーさんから
部屋の中に応答がないと。

近くに交番もあるため近所の協力を得て中に
入ったら亡くなっているようだと
いう事になり私は集まっているアシさんに
事情を伝え待っててもらいました。

その前に肝臓で救急車に運ばれ入院していた
私はもう既に三回雑誌掲載を休載していた
ので、なんとこの仕事は
決行したいと考えていたのです。

実家に戻ると誰も居ず、
二階の父のみつかった所まで行こうと
したら警察やヘルパーさんが入って来て
聞くと遺体はまだそのまま
だったらしいので見てしまわなくて
良かったと思いました。

自宅で死因不明なので鑑識?の様な人達が現れ
警察バッジを提示され靴にビニールカバーをかけた
警察の人が続々入って行きました。

まあ、事件性はないんですけど形式的に調べられて。

解剖に回されちゃったんですよね。残念です。
あまり切られたくなかったし。でも死因は
知りたいですけど。
(実はまだ結果は知らされていない)

難病だったから調べなくてもだいたい
想像はつくんですが。

旦那と妹に遺体の付き添いや葬式の事を
頼んで仕事しました。

非情なようですが父は私の仕事の邪魔に
なるのをなにより気にするとも思うので。

でも修羅場中は、一人になると声出して
泣いてました。

何故か母の時より泣けて泣けて仕方ないのです。
このあと49日があるのですがまだまだ泣けます。

亡くなる直前に家族で会ってたせいかも
しれません。

頑固な父でしたが病気のせいもありあまり
口数も多くなくて
ただ優しいおとなしい父になっていたので。

まだまだ亡くなったあとの事後処理の凄さで
忙しいしもめ事も問題も山盛りですが

父には母と穏やかに過ごして欲しいです。



ごめんなさい。お父さん。ありがとう。


ごめんなさい。ごめんなさい。

望むことを出来なくて

ごめんなさい。

— posted by KAORI at 05:14 pm  

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